あーちゃんママさんのこちらの記事
http://mathdragon.exblog.jp/23749646/

"こうして改めて読んでみると、(日本語では)何やら小難しい感じでわかり難い。(汗)なんでだろう? 
もし日本の大学で心理学を勉強しなければならなかったら、とてもじゃないけど、私は授業についていけないだろうなぁ。
余談ですが、これはいつも思うことなのですが、私はなぜか英語の文章の方がストレートに頭に入ってきて、日本語よりも理解しやすく感じます。"


について、思うところがあったので、私も書いてみようと思う(あーちゃんママさん、改行のみ改変の上で引用させていただきました><いつも面白いトピックをありがとうございます!)。


ほとんど英語ができない私も、学術関係の文章ではあーちゃんママさんが仰っているものとおそらく似た感覚を覚えたことがある。
これは私の場合だけれど、学術場面では、まずはテクニカルタームの日本語翻訳のまずさ故にこれに陥っている時があるのではないかと推測している。
明治時代〜現代にかけて新しい専門用語や専門用語に付随する動詞がたくさん輸入され、各語に訳語がつけられた。当然、その中には名翻訳もあれば迷翻訳もある。
結果、ことばをニュアンスとして解する傾向が強い人には、むしろ惑わすものとなる…という想像。英語は語の本来のニュアンスの中で読んでいけるし、そうでなくとも私は今のところ細かいニュアンスを英語では日本語ほど感じ取れない(ごめんなさい盛りました。ほぼほぼ感じ取れない)ので逆に言葉の形、骨組みのみがダイレクトに伝わってくる。
あと、これに関連して、日本語は膠着語なので一語一語が滑っていきやすい上に熟語の中に大量の意味を詰め込みたがるのに対し(私の文章が当にそうだ…)、英語はそれぞれの単語が明確に分かれていて文法も楽だししかも日本語よりは各単語の速度に緩急がないというのはかなり大きいように思える。きょうだいが教えてくれたが、日本語の下手な歌の詞は和語/漢語/カタカナのスピード感(情報量の多寡)の扱いがなっていないらしい。

でもこれではまだ説明できない領域があるんだよなあ…。「お手洗いどこ?」を日本語より英語で言うほうが直接的に思えるのは何故なのか。どんなに丁寧で礼儀正しい英語であったとしても。私が日本語に馴染みすぎているからか?
今度知り合いと話してみようかな。








そういえば、私は、昔から英語に相当手こずりながらも、日本語は絶対に科学技術分野のグローバルスタンダードになるべきではないと思っている。英語が大変なときは、英語が母国語ならある意味楽だったのだが…とたまに思うが、スタンダードを日本語にとは今はもう考えない。
一応書いておくと、もちろん日本語を貶しているわけではない。むしろ私にとって日本語を繰るのは面白い。日本語の性質の話。





さらにそういえば、心理学分野は特に日本語翻訳がまずい言葉が多い気がしています……。
一番馴染めないのが筆頭格のはずのcognitionって単語。認知って…認知って……。わかんない……。

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by pronaos | 2017-03-28 02:31 | その他 | Comments(5)